公益財団法人千葉県産業振興センターのサイトへ
中小企業経営に役立つホットなメールマガジン!

千葉県産業情報ヘッドライン

「千葉県産業情報ヘッドライン」バックナンバー
【連載特集】

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
        ◆ 連   載 ◆
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
中小企業にとってのリスク危機管理
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

第1回 痛感されるリスク危機管理の必要性

 東日本大震災を目の当りにして、改めて、そのような緊急事態における自分
たちの企業の現状に思いを致し、危機対策の必要性を感じられた方も多いと思
います。会社法では、大企業については「損失の危険の管理に関する規程その
他の体制の整備」が義務づけられ、リスク管理および危機管理を行うことが求
められています。中小企業にはそのような義務付けはありませんが、企業規模
や資金力が相対的に小さいこと、人材の層も薄い場合が多いこと、社会的存在
感が低いため金融機関や取引先等の支援が弱い可能性があることなど危機の発
生が致命的となることも少なくありません。したがって、中小企業こそリスク
や危機の管理が重要であると言えます。
 中小企業庁は、2006年、中小企業BCP策定運用指針を示し、緊急事態
に備えたBCP(事業継続計画)を作成し運用するよう勧奨しています。この
指針によるBCP作成済みの企業は50社を超えているとされています。また
同庁は、「事前の防災対策支援の制度」を設け、災害時の危機に対する中小企
業の抵抗力を高めることを支援しています。
 BCPの作成は、緊急事態に備えて、考え方を整理し社内の体制を整えるに
は大変よい方法なのですが、多くの中小企業にとってはまだまだ荷が重いとい
う場合も多いと思います。また、それを実のある形で運用することは、それに
も増して大変だと思います。そこで、この連載では、BCPなどの背景にある
「リスク危機管理論」を基に、中小企業におけるリスクおよび危機の取り扱い
の考え方について、かなり大胆に割り切ってお話をしたいと思います。
 「危機は何か非常に困ったことが起こった事態であり、危機が起こる可能性
がリスクである」と理解すると分かり易いと思います。危機を引き起こすきっ
かけは、地震や津波などの自然災害という場合もありますし、事故など人間が
犯したミスという場合もあります。社内統制のほころび、内部抗争、不祥事件
の発生など内部事情に原因がある場合もあります。競争力の低下など外部から
の攻勢に対する生き残り能力の劣化も危機を呼びます。また、企業買収、新商
品の開発市場投入、事業場の移転、原料転換など何か新しいことをやれば、こ
こにもリスクが存在します。時代の変化や時の流れに追随できなくて危機にな
ることもあります。時代の変化が早く、顧客、原料供給先、あるいは従業員や
安定株主さえも、考え方や行動がどんどん変っていく時代であります。これま
で続けてきたやり方をそのまま続ければ、平穏な事業運営が出来る、そして信
用もついて、事業は繁栄していくという訳にはいかないというのが現代です。
逆に、ちょっとした工夫とその実行に伴うリスクを取ることによって、急速に
業績が上向くということが起こることもある時代でもあります。中小企業にお
いては、危機が生ずることを覚悟しつつ、リスクを取って、競争に勝ち抜いて
行かなければならないことも多いはずです。現代社会における企業経営は、常
にリスクと背中合わせなのです。ただし、リスクが顕在化して危機となり、そ
れが致命傷となることは避けなければなりません。そのために「リスク危機管
理」を行う必要があります。



第2回 リスク危機管理の基本的考え方

 次回以降でリスク危機管理の具体的な進め方についてお話ししたいと思いま
すが、それが実際に使えるためにはその基本的な考え方を理解してもらう方が
良いと思います。それは次の5項目です。

1.リスクの管理では初めから完全なものは狙わない。
代わりに、PDCAサイクルを利用して同じようなことを何度か見直しながら
行い、順次、よりよいものに作り上げていく。これはまた、時代の変化に遅れ
ないという効果ももたらします。PDCAサイクルとは計画(Plan)、
実行(Do)、チェック(Check)、修正(Act)を一つのサイクルと
して順次おこない、それらをもとにしてより高い次元のPDCAを行う。そし
てそれを繰り返すことによってスパイラル的に向上させるやり方です。
 そもそも、リスク危機管理においては100点を取ることは不可能です。コ
ストや犠牲は避けられません。ただし、致命傷にしないことが重要なのです。
なお、1サイクルは短いほうが良いことが多いと思われます。

2.リスク危機管理は人間のやる行為です。
人間や組織には特性があります。人間の場合は性格ですし、組織の場合は組織
カルチャーです。そして、人間や組織は良いところもたくさんありますが、欠
陥もあります。ミスもします。うそもつきますし、失敗は隠したり、他のせい
にしたりします。危機が昂ずると異常行動をとったり、自主的に考える能力を
失ったりします。リスク危機管理では、それを認識したうえで、やり方を変え
たり、体系化したり、訓練をしたり、時には人を入れ替えたり、そして、情報
の流通をよくし、透明性を高めることによってそれらの欠陥をできる限り顕在
化しないようにするのです。

3.リスク危機管理の標準的な手順は図(pdf)に示すようなものです。
図はコチラ⇒ https://www.ccjc-net.or.jp/headline/img/kikikanrizu.pdf
これを踏まえた上で、各ステップは強弱をつけながら、しかし、スキップする
ことなく行います。直近の事項については、状況に応じて、並行してあるいは、
逆転して行うという柔軟な姿勢が必要です。

4.リスク危機管理においては、タイミングがなによりも重要です。
遅れることだけは絶対に避けなければなりません。したがって、スピードがす
べてに優先される必要があります。また、先のことはわからないところがある
わけですから、可能な限り平行的に準備をしておくことが好ましいのです。

5.リスク危機管理においては、常に状況に対する支配力を失ってはなりません。
したがって、その責務を負っているトップのリーダーシップ、そしてそれを裏
付ける勘、冷静さ、経験、決断力、そして運の良さが必要です。また、やり抜
く強い意志と粘り強さも必要でしょう。



第3回 リスク危機管理の進め方 
          その1(リスク管理、リスクマネジメント)

 自分の会社のリスクはすべて分かっているように思う人もいるかもしれませ
んが、意外と抜け落ちがあるものです。また、その重要性の順位がはっきりし
ておらず、力の入れ方が必ずしも実情に合っていない場合も多いのです。これ
を避けるため、一度、リスクと考えられるものすべてをリストアップします。
その上で、重要な順に並べてみます。次いで、緊急性なども考慮して当面対処
すべきリスクを10個程度選び出します。必ず、すべてのリスクに順位をつけ
た後で、対処すべきリスクを選んでください。ここまでは、経験や手に入るデ
ータをもとに直感的に行います。こうして、存在するリスクの全体像を把握す
るとともに、10個程度の当面対処すべきリスクを選び出します。存在するリ
スクの全体像に対する認識は、日々の経営において活用されることが期待され
ます。

 対処すべきリスクについては、そのリスクの内容を分析して、経営の方針な
どにも照らし、1.回避、2.リスク軽減、3.危機(リスク発現)に備えた準備、
4.リスクの許容(対策は取らず)に分けます。これが取り扱いの方針です。
 回避は事業の中止や方向転換で可能になります。津波被害予想地域からの施
設の移転はこの例です。多くはこのような大胆な決断はできないでしょうが、
時には必要です。
 リスクの許容は、対処すべきリスクにもかかわらずそうするのですから、ど
ちらかといえばあきらめと言えるでしょう。これは好ましいことではありませ
ん。再検討が必要です。
 多くのリスクは軽減、あるいは、危機に備えた準備の範疇になるでしょう。
リスクを軽減するためには、仕事のやり方、施設などの配置、顧客をはじめと
する利害関係者との関係などを見直し、リスクができる限り小さくなるように
します。必要なら新たな投資をすることもあります。保険を掛けるという場合
もあります。重要なのはリスクの軽減と準備を連携させて、最も効果的なリス
ク管理をやることです。この際、危機が生じたときに起こる被害による損失、
そのリスクの軽減のために掛かる負担やコスト、そして、それをだれが負担
するかに注意を払うべきです。わが国の場合、リスクを軽く見る傾向にあり
ます。また、危機の被害額やリスク管理に伴うコストを正当に評価していない
ことも多いのです。リスクの問題は後回しにされてしまう場合もあります。そ
の結果、「想定外」などということがでてきます。中小企業においては、「想
定外」であったとしても破たんしてしまっては元も子もありません。中小企業
では、危機を恐れてリスクを取ることに消極的では、じり貧になることも多い
のですが、常にリスクに対して敏感であり、収益と企業体力の関係から見て
過大すぎるリスクを取らないよう、そして危機にあっても生き残れるような
工夫が求められます。自然災害であるからと言って甘んじて受けるというわけ
にはいきません。昔からそうであったからというのは言い訳にもなりません。
計画的に着実にリスク管理を行うことが求められます。生き残るためには粘
り強さが必要なのです。
BCP(事業継続計画)を作るというのは危機に備えた準備作業
を様式化したものと考えるとよいでしょう。中小企業の場合、一般的な推奨様
式を最初から完成させる必要はありません。重要だと思う10項目程度を選び出
して、まずそれを満たすことを目指し、その他はPDCAサイクルの2順目以降で
満たせばよいのです。

 危機は災害など一目瞭然のものと、内部の弱体化など非常に気づきにくい、
あるいは、経営陣自らが自覚しない限り、周辺の者が言いにくいものがありま
す。このような危機による被害を小さくするためにはできるだけ早く危機であ
ることを気付くことが必要です。それにはリスクを監視(モニター)することが
効果的です。リスクに変調がある場合はそれが危機につながるものかどうか検
討し、危機の可能性が高ければ、ただちに企業は危機管理モードに変わる必要
があります。
 この意思決定は、企業のトップの最も重要な役割です。



第4回 リスク危機管理の進め方 その2(危機管理)

 経営トップによる「危機である。」との決定は、直ちに全役職員に伝達され、
危機管理モードに入ります。危機管理は全役職員によるチームプレイです。そ
れらは大きく五つの機能に分けて考えると良いと思います。すなわち、1.司令塔、
2.危機対応最前線、3.最前線の支援、4.クライシスコミュニケーション、
5.応援および予備です。
 司令塔機能は経営トップ、上級経営幹部および少数のスタッフから構成され
るのが普通です。司令塔機能の役割は一方的な指令ではありません。イ)各機
能から求められた判断をタイミングよく行うこと、ロ)常に全体を把握し、危
機対応が最適に行われるように指導し、誘導すること、ハ)常に、危機対応の
次の手を考え、その準備を行っておいて、危機対応において主導権を失わない
ようにすることなどを行う必要があります。これらのためには、的確な情報入
手、司令塔からの明確な意思伝達、関係者によるその意志の正確な理解と適切
な実施行動などが必要です。情報は積極的に入手しなければなりません。待ち
の姿勢は厳禁です。危機の内容如何によっては、司令塔機能が危機対応最前線
の機能の傍に移動して、状況を常時把握することも考えるべきです。司令塔の
意思については最前線の関係者をはじめ全役職員が理解、行動できる形で示さ
れる必要があります。そのため、時には、2段階や3段階に分けて示すことも
必要です。
 危機対応最前線の機能と司令塔機能とが同一ということが中小企業では起こ
りそうです。本質的には好ましいことではありませんが、やむを得ない場合も
多いでしょう。危機対応最前線の当事者には、対象となっている危機だけに意
識が集中して危機の全体像に関する感覚が鈍くなる、時間的にもすぐ間近のも
のに注意が行きがちになるなど好ましくないことが起こり易いので留意が必要
です。
 最前線の支援機能は、危機管理活動が行われ易いように物やサービスを提供
することです。
 クライシスコミュニケーションは、危機発生後の危機に関する情報の提供、
意見の交換、相手方の説得などです。ややもすれば、監督官庁やマスメディア
対策ばかりに注意が行きがちですが、まずしっかりとやらなければならないの
は、役職員に対してです。彼らが一致団結して危機に対応しようという環境条
件を社内に作ることが最優先だからです。
 応援および予備は何時でも危機管理活動に参加することができるよう待機し
ている人々です。他の機能に属する人たちの危機管理活動がやり易い環境を作
る責務もあります。
 危機状態を長く続けることは好ましいことではありません。せいぜい数か月
で終了しなければなりません。できれば数週間のレベルでお終いにしたいとこ
ろです。しかし、危機が容易には終了しそうにもないという場合があります。
その場合は、その危機を封じ込めてそれと共存を図ることとします。いつも頭
痛の種を抱えているようで不愉快ですが、暴発してもっと大きな被害を出すよ
りマシでしょう。また、その危機にばかり関わっていては事業の続行に支障が
あります。このような判断も司令塔の役割です。
 上記でお分かりいただけるように危機管理の成功不成功は司令塔機能の出来
不出来によるところが非常に大きいのです。したがって、その人的配置には特
に留意する必要があります。特にトップの責任は大きいと言えます。ただし、
実際に危機管理を実行しているのは最前線の人たちです。司令塔は常にその心
情と状況を把握している必要があります。
 なお、BCP(事業継続計画)は、このような危機管理の際の行動計画です。しか
し、危機になったらこれを活用はしますが、それにこだわるべきではありません。
危機においては想定条件と異なることが少なくないからです。ただし、混乱し
ないようにその差異の部分をしっかりとクライシスコミュニケーションとして
伝達する必要があります。
 以上、中小企業におけるリスクおよび危機の取り扱いの考え方について説明
してきました。リスクおよび危機の管理については、BCPやISO31000などの標準
に従って全体系を形成することから入るアプローチもありますが、中小企業に
は困難なところも多いように思われます。上述した基本的考え方をしっかりと
経営者が理解したうえで、重要と思うところは密に、他は粗にしながらリスク
危機管理を開始し、PDCAサイクルによって全体のシステムを構築していくのが
実際的だと思います。ただし、この場合は途中で腰折れしないことが重要で、
粘り強く続けることが肝要です。
 この4回にわたる連載が中小企業のリスク危機管理の促進に貢献できれば幸い
です。


                  千葉科学大学教授 副学長 宮林正恭

このページの先頭へ一覧ページへ登録・解除ページへ