「千葉県産業情報ヘッドライン」バックナンバー
【連載特集】
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中小企業のリスク危機マネジメントによるリスクおよび危機への対応
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第1回 「管理」ではなく、「マネジメント」が必要
昨年6月から7月にかけて、「中小企業にとってのリスク危機管理」を4回に
わたり連載し、その基本的考え方を述べました。今回は、中小企業にとっての
リスク危機マネジメントの最近の課題にも言及しながら、実際のリスクおよび危
機の取り扱いにおいて特に留意すべきことを述べたいと思います。
今回から、リスク危機管理を「リスク危機マネジメント」と言い換えることに
しました。それは、(1)我々が目指すのは「管理」ではなく「マネジメント」で
あること、(2)管理という言葉の語感から、部下を強く統制することに主体があ
るという間違った感覚でとらえる企業人が少なくないこと(これは一時期のリ
スクマネジメントが内部統制問題中心であったことによって強められました。
)、(3)企業人の多くにとって「危機管理」が受け入れにくい表現であるとの話
を何人もの方から聞いたこと、などが理由です。特に(1)および(2)は、リスク危
機マネジメント(あるいは、リスク危機管理)の根幹にふれる由々しき問題で
ありますので、少し解説を加えます。よろしく理解をいただきたいと存じます。
リスク危機マネジメントは、昨年述べたとおり、「必要ならば、危機となるこ
とも覚悟してリスクを取る。ただし、企業にとって致命傷とならないように、
リスクをコントロールする。また、危機になった時の備えを用意する。危機に
遭遇したときは、素早い危機管理行動をとることによって、被害およびその危
機による悪影響をできる限り少なくする。」ことに主な狙いがあります。その
際、実際に業務を執行するのは、ほとんどの場合、従業員の方です。すなわち
、リスクの段階では、経営者がその扱いの基本的考え方や処理の方針の提示、
そして、最後の全体の承認を行うのですが、その具体的な実行については、か
なりの程度その関係担当者に任せなければならないでしょう。また、危機段階
では、経営者の指揮命令や意思決定は必要ですが、危機に対処するのに必要な
知識や情報をすべて持っているとは限りませんし、実際に行動し実行するのは
従業員ですから、経営者がやれることには限界があります。さらに、経営者が
危機の時に都合よくそこに居るとも限らないのです。したがって、従業員には
、それぞれ必要なタイミングで必要なことを自主的にしてもらわなければなり
ません。ところが、リスク危機マネジメントは統制的な管理であると考えられ
ていると、経営トップ以外の者は“指示待ち”となり、危機対応に遅れるなど
効果的なリスク危機マネジメントはできないことが多いのです。ベントの遅れ
など、福島第一原発事故における東京電力や原子力安全・保安院の関係者の行
動には、それが原因ではないかと思われるような例が幾つもありました。しか
も、このような指示待ちの風潮は、危機に当たってはトップダウンが必要とい
う危機管理に関する解説が行われることが多いため、どんどん強くなりつつあ
るのではないかと案じられます。確かに、危機に当たっては大きな方針の設定
、被害を最小化するために全体を俯瞰的に眺めて最適措置を取るなどの強いリ
ーダーシップが求められるのですが、それをトップダウンと表現することには
大いに疑問があります。そもそも、危機の際にトップダウンですべての指示を
することは可能でしょうか。むしろ、それぞれの人が、その役割を最大限の力
を発揮して果たしてもらうこと、可能ならば、困っている他の担当者が居れば
、それを積極的に手伝って全体として危機管理がうまくいくように動いてもら
うことが必要です。日頃から従業員をそのように行動できるよう訓練しておく
ことが大切であり、危機になって急にトップダウンで進めようとしても、それ
がうまくいくはずがありません。また、日頃から危機対応に関するトップの考
え方や思いを十分従業員に伝えておくことも必要です。だからこそ、従業員に
対するリスクコミュニケーションが強調されるのです。
第2回 BCP(事業継続計画)およびBCM(事業継続マネジメント)
東日本大震災の余震としてマグニチュード7の大きな地震の可能性が言われ、
また、東京直下型地震が近いと言われています。さらに、東海、東南海、南海等
の地震についても警鐘が鳴らされています。
一方、これまでに起こったいくつかの大震災およびタイの大洪水の結果として、
経済界全体にはサプライチェーンの崩壊に対する問題意識が大きく高まっています。
このような状況は、事業継続マネジメント(BCM)を求める強い社会的要請をもたら
しました。この連載の読者の皆様の中にも、そのことで頭を悩ませておいでになる方
も多いのではないかと思います。
BCMは、危機管理の一領域と言えるものです。日本の場合、このうち、準備段階に当
たる事業継続計画(BCP)に、大きな比重が掛っています。
★中小企業のBCPについては
中小企業庁作成の中小企業BCP策定運用指針(http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/)
があり、これを使うのが一般的だと思われます。
その実施に関しては、千葉県産業振興センターなど、各地域の中小企業支援組織が
セミナーなどの形で支援しています。東京都の場合は、それを一段と進めて中小企業
BCP(事業継続計画)策定支援事業を行っています。
しかし、多くの中小企業にとって中小企業庁の運用指針に基づくBCP作成は荷が重い
と感ずる向きも多いと聞きます。経営者の方の中には、「そうなった時は、そうなった時!」
と言われる方もおられるようです。また、危機の事態で困ったら、政府をはじめ公的組織が
支援してくれるだろうと期待する方もおられます。
しかし、大規模地震などによって危機となった場合は、公的組織の力は大きく落ち、公的
支援に期待していると当てが外れる可能性が非常に高いと考えるべきです。
★自分達を自身で守る、つまり、自助の気持ちが非常に重要です。
中小企業庁の運用指針通りである必要は全くありません。もっと極端に言えば、
★BCPという計画の形にこだわる必要はありません。しかし、事業継続マネジメントが必要です。
経営者にとっても、従業員にとっても、そして社会にとっても必要なのです。そして、そのため
の準備も必要です。
★難しく考える必要はありません。事業継続の狙いは、企業が存続し、製品やサービスの提供
を継続できることですから、
(1)従業員の確保
(2)製品やサービスの生産場所および貯蔵場所の確保
(3)製品やサービスを行うための原料や資材の確保
(4)顧客とのつながりの確保
(5)製品やサービスを提供するための輸送手段や通信手段の確保
(6)これらを行うために必要な運転資金(特に現金)の確保
(7)適時的確に判断が行われるような意志決定と内部統制システムの確保
以上の6項目の確保が必要です。これらについて、自社の弱点(リスク)を探し出して、優先度
の高いものから対策を講じていくのが好ましいのです。
その際、重要なことは、平常時は実行不可能なことであっても、危機の際には、実行可能なこと
が少なくないということです。
★したがって、これまでの常識にこだわらず、目的を達成するために
必要なこと及びその実行のプロセスに注意を集中するのが良いと思われます。なお、意思決定
システム、すなわち、
★トップが不在の時は決定を誰がするかの順位および運転資金確保の問題は、
ややもすれば後回しにされがちですが、仮のものであっても真っ先に考えておく必要があります。
★BCMおよびその準備計画に当たるBCPにおいて特に重要なのは
(1)スピード
(2)主導権
(3)他者との連携と活用
以上の3点です。事業継続という目標を達成するために与えられている時間は非常に限られた
ものですから、常に時間を念頭において行わなければなりません。時には不完全であっても、
致命的な欠陥がなければまず実行することが大切です。また、事業継続は自社が生き残ること
が一つの目的ですから、自社が他に支配されるようなことでは困ります。しかし、自社でやれ
ることには限界があることも確かですから、そこは他との連携や活用によって補うことになります。
★そこには大胆な決断が必要なことも少なくありません。BCMにおいては経営者の真の力量が
問われる、と言えるでしょう。
第3回 最近、急激に重要性を増した三つのリスク管理対象
災害等に伴う事業継続のためのリスク危機マネジメントについては前回述べました。
これに加えて、中小企業にとって最近急激に重要性を増したリスク管理対象があります。
それは以下の三つです。
(1)超円高
(2)暴力団排除条例の施行本格化
(3)税制を中心とした経済制度の変化の趨勢
(1)超円高
超円高については輸出産業にとっては大きな問題であるばかりではなく、輸入品との競争が厳しくなり、
多くの製造業にとってはゆゆしき話になりつつあります。一方、原油高の影響の緩和などプラスの側面も
あります。日本の財政事情や少子高齢化の中でこのような状況がどの程度続くかは疑問のあるところですが、
簡単に解消するとは言えない状況です。大手企業などは海外進出を急ぎ、国内には競争力のある部分だけを
残すという考え方が強くなりつつあります。この結果、急速な産業構造の転換が進むと思われます。
また、工場立地の見直しの結果、栄える地域と衰える地域の差が明確に出てくる可能性があります。これに
伴う中小企業への影響も少なくないでしょう。このような変化が中小企業にとっては新たなチャンスという
場合も少なくないはずです。これまで埋もれていた技術や中小企業ならでの小回りの利く事業モデルを生み
出すことによって新たな発展を遂げることもあり得ると思われます。
しかし、この新たな環境条件に対応するためには、従来の仕事のやり方を大きく変える必要性がある場合が
多いのではないでしょうか。常に先を読み、変化に対応する、可能ならば、変化に先手を打つことが必要な
時代であると言えるでしょう。そのためにはしっかりとしたリスク危機マネジメントが必要です。
(2)暴力団排除条例の施行本格化
暴力団排除条例が昨年来47都道府県で施行されています。千葉県の県条例については昨年9月1日に施行
されました。また、各市町村の条例についてはこの春施行したところが多数あります。近く成立する予定と
いうところもあります。このような状況から、警察や検察は本格的な対応を始めているはずです。
千葉県の場合、http://www.police.pref.chiba.jp/safe_life/gangsters/ によって一般的な状況を把握
できます。千葉県は、世間的にはこれまで比較的暴力団の勢力が強い県の1つと認識されており、
今後の動きは要注意でしょう。必要悪と認めて暴力組織と付き合ってきているケースもあると考えられ
ますが、条例の内容は、そのような事業者の中で悪質と認められた場合、公表などの社会的制裁が
加えられることとされています。そのため、事実上事業を続けることができないという事態になることも
考えられます。この機会に、しっかりした対応を取る必要があると思われます。この問題はいろいろな
リスクが含まれていますから、リスク危機マネジメントの手法を最大限活用して最適の行動をとる必要が
あります。
(3)税制を中心とした経済制度の変化の趨勢について
今年度からの相続税制改正は、日本の財政事情の厳しい中、国民の経済格差縮小、富裕者負担増大の
観点から行われた第1段階です。また、消費税増税が野田内閣によって強く進められています。健康保険の
負担増大の動きもあります。現在の財政状況、ユーロ危機などを考えれば、相続税、消費税、健康保険や
介護保険など公的国民負担の増大およびそれに伴ういろいろな制度改正が今後続くと考えておくほうが
良いように思われます。
そのような経済制度的な環境変化は、人口減少に伴う市場構造の変化や地域の盛衰、大手企業の海外進出、
海外企業の国内参入、輸入品の増加などわが国経済の基盤構造が大きな変化している時期に起こります。
PPTなども経済の基盤構造に変化を与える要因でしょう。これらの影響は業種や事業形態により異なり、
また、マイナスばかりでなく、プラスの場合もあると思われますが、いずれにしてもその影響は大きいと
考えられます。
中小企業の場合、特に大きな影響を受ける場合も少なくないでしょう。経営の舵取りの巧拙が大きく問われる
と思われます。この問題を大きなリスク要因の一つとしてモニター(監視)するとともに、経営の舵の効きを
悪くする重荷の要因をできるだけ減らすことが必要です。さらに、そのリスクが発現して危機になりそうに
なった時のためのケーススタディー、あるいは、資金、人材、技術等その事態に備えた準備をしておくことが
好ましいと考えられます。
さらに一歩進んで、そのような事態になった時の影響を緩和するような多角化、海外投資を行うことも
あり得ます。しかし、それはまた別のリスクを生みますから、どちらにしろ、リスク危機マネジメントを
しっかりとやる必要があります。
今回がこの連載の最後になります。紙数の関係から、具体的な例を示しての解説と言うわけには
いきませんでした。問題の指摘だけに終わったかもしれません。この連載が、読者の皆様方の今後の
経営を考える際に少しでも役立たせていただけるならば幸いです。
千葉科学大学 教授 宮林 正恭