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千葉県産業情報ヘッドライン

「千葉県産業情報ヘッドライン」バックナンバー
【連載特集】


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   今こそ取り組もう!中小企業のための「使える」BCP策定ノウハウ
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    第1回 「イントロダクション:なぜBCP策定が進まないのか」

1 はじめに

 毎日のように新型コロナウイルスの報道が流れ、私たちは混乱が全世界に広がる
様を目の当たりにしてきました。多くの企業が事業の中断を余儀なくされ、経営破
綻に至る件数も増え続けています。わが国は、これまで何度となくあらゆる自然災
害と対峙し、復興を果たしてきました。その都度「事業継続」という言葉が重みを
もって語られ、少しずつではありますがBCP(事業継続計画)が一般に浸透してき
たと言えます。

 しかし、馴染み深くなったのは言葉のみで、実際に「BCPを策定した」と言える
企業はまだまだ多くありません。とりわけ有事において本当に機能するBCPを運用
できているのはごくわずか、というのが現実です。

2 千葉県におけるBCP策定状況

 ここに企業のBCPに関する意識調査結果があります。2019年5月時点で、BCPを策
定している企業は全国で15.0%、千葉県内企業は14.9%と全国平均をわずかに下回っ
ています。県内企業にスポットを当てると、内訳は大企業が27.0%、中小企業が
12.4%となっており、大きな開きがあります。

 ではなぜ「策定していない」のか理由を聞いたところ、1位は「策定に必要なス
キル、ノウハウがない」、2位は「策定する人材を確保できない」、3位は「書類作
りでおわってしまい、実践的に使える計画にすることが難しい」という結果となり
ました。(出典:帝国ニュース千葉県版1815「事業継続計画(BCP)に対する企
業の意識調査(千葉県)」)

 つまり、策定に着手するための知識や物理的なリソースが確保できず、仮に形だ
けは整えたとしても、本番に耐えるような計画になってないということです。これ
は特にリソースに余裕のない中小企業において顕著であると言えるでしょう。一見
やむを得ない状況のように思えるかもしれません。

3 BCP策定が進まない本当の理由

 しかし、本当にそうでしょうか?どんなに小さな企業でも、品質改善やサービス
向上などに向けて日々注力されているはずです。なぜならそれらの活動は企業の価
値(=収益)向上に直結するからです。一方、大災害は滅多に起こらず、これまでも
なんとか乗り切ることができた。そんな思いでBCPの策定を後回しにしてはいない
でしょうか。実はここに一つの誤解があります。

 いわゆる「防災計画」であれば、おそらく総務部が主管となり、一人あるいは数
名の担当者が推進することになるため、担当者の業務の兼ね合い次第で後回しにな
ってしまうのは仕方ないでしょう。しかし、BCPは本来、そのような「防災計画」の
延長ではありません。BCPは企業が事業継続のために行う全社的な取り組みなのです。


4 実効性のあるBCPを策定するには

 BCPはその名の通り、いかなる状況においても事業を継続させるための計画です。
企業が生き残るための手段と言い換えてもいいでしょう。事業の中断を引き起こす
のは災害だけとは限りません。大事故、テロ、サイバー攻撃など、あらゆるリスク
が企業を取り巻いています。これらの脅威とどう戦い、中断した事業を少しでも早
く復旧させ、経営を安定させるかを考えるのがBCPです。有事における対応手順も
もちろんその一部ではありますが、実は平時からの備えや活動が非常に重要になり
ます。

 BCPの策定を進めるためにはまず、経営トップの強い意志が必要であり、さらに、
それを推進させるキーマン、実際に復旧に向けた知見を有し実際に活動する重要業
務担当者が必要です。つまり、いかに経営層が危機感を持って全社に向けたダイレ
クションを示せるかが、実効性のあるBCPを策定する鍵になるのです。

 とは言え、経営層を説得するのは簡単ではありません。コロナ禍で危機感の高ま
っている今こそ、BCP策定を始める絶好の機会です。以降5回の連載で、いかに経営
層を巻き込み、シンプルかつ有効なBCP策定を進めるかを、支援コンサルタントの
経験や事例を交えながら解説していきます。ご期待下さい。


       第2回 「企業にとってBCPが必要な理由とは」

1 はじめに
 前回は、企業においてBCP策定が後回しになってしまいがちである状況と、その
理由について解説しました。多くの企業にとって、当期の予算達成や人材の確保な
ど様々な経営課題がある中、BCPはどうしても「重要ではあるが緊急ではない」と
いう位置づけになっているというのが現状ではないでしょうか。そこで今回は、企
業にとってなぜBCPが必要なのかを、以下三つの観点から掘り下げてみます。
・従業員の労働安全衛生面に対する責任
・企業の社会的責任
・業務改善

2 従業員の労働安全衛生面に対する責任
 企業は労働契約法上、従業員に対して「安全配慮義務」を負うことが定められて
います。これは、従業員が安全で健康に働けるように配慮するという会社としての
義務であり、これを怠ったことで労働者に損害が生じてしまった場合、使用者は安
全配慮義務違反に当たります。過去には、安全配慮義務違反によって損害賠償が発
生したという判例もあります。

 首都直下地震など、様々な大規模災害の可能性が叫ばれている中、千葉県でも帰
宅困難者対策条例により、発災時に従業員が施設内に留まれるように、食料、飲料
水その他の生活必需物資を備蓄することなどを努力義務として制定しています。災
害は「いつか起きるもの」ではなく「必ず起こるもの」です。

 実際、昨年の台風15号は千葉県に死者2名、重軽症者84名、全半壊家屋4,843棟と
いう甚大な被害をもたらし、今年の新型コロナ禍は誰もが予測しえませんでした。
BCPの初動対応ではまず「命を守る」ことに力点が置かれます。これは企業として
従業員に対する最低限の責任であり、その責任を遂行することは従業員の帰属意識
の向上にも直結するといえます。

3 企業の社会的責任
 一般的に、「企業は事業を継続していくことを前提とした活動を行っているもの
である(ゴーイングコンサーン)」という認識のもと、様々なステークホルダーが取
引を行っています。そして、企業の経済活動は、顧客、取引先、金融機関など様々
なステークホルダーと、いわば「持ちつ持たれつの関係」にあります。

 そこで、もし自社が何らかの原因で活動を停止してしまったらどうなるでしょう
か?顧客は自社の製品が手に入らず、取引先は場合によっては連鎖倒産を強いられ
てしまい、金融機関は不良債権が発生します。つまり、いかなることがあっても事
業を継続することがステークホルダーに対する企業の社会的責任の一つであり、そ
のための備えをしているということを開示することは、自社の信用性の担保やブラ
ンド価値の向上にも繋がります。

4 業務改善
 企業がBCPを策定する過程では、業務プロセスやリソース配置を見直すことがあ
り、業務改善に繋がるという効果もあります。例えば、現在のコロナ禍においても、
緊急事態宣言が発出され外出を極小化するために在宅勤務を取り入れたという企業
は多いと思います。

 その裏では社内決済  プロセスに紙と印鑑が必須で、いわゆる「ハンコ出社」を
余儀なくされたという問題も報じられました。この場合、事前に電子決済などの仕
組みを導入しておくことで、在宅で決済を完了することが可能となります。結果と
して業務プロセスを合理化させたり、業務時間を削減させたりすることにも繋がり
ます。

 さらに、このような業務プロセス見直しの検討を行うにあたって、経営陣との折
衝が必要になりますから、そこでトップと現場の対話が生まれ、社内の風通しが良
くなるという副次的効果も期待されるでしょう。

5 最後に
 BCP策定は、重要かつすぐにでも着手すべきものであることがお分かりいただけ
たでしょうか。次回以降は、BCPをいかにして策定すればよいか、重要なポイント
について、事例を交えながら具体的にお伝えしていきます。


       第3回「ステークホルダーニーズ分析とBIA」

1 はじめに
 これまで、企業においてBCP策定が後回しになってしまいがちである状況と、そ
れでもなおBCPに取り組む必要があるのはなぜかをお伝えしました。第3回となる今
回からは、いよいよ具体的なBCPの策定方法について解説していきます。

2 BCP策定の全体像
 BCP(Business Continuity Plan)は、その名の通り、「事業を継続するための
計画」です。「計画」と聞くと、策定が目的でありゴールである、と思われる方が
多いかもしれません。実際に、精緻な計画を作って文書化し、ずっと保管してきた
という企業様のお話もよく聞きます。しかし、一方ではこんなご相談も寄せられて
います。

 「東日本大震災後にしっかりした計画を作ったのに、数年経ったら使えなくなっ
てしまった。実効性のあるBCPに作り替えたい」。

 これは、典型的なBCP策定の落とし穴にはまってしまった例なのですが、いった
い何が問題なのでしょうか。「策定から数年経っているのなら、使えなくなるのは
当然」。そのように思われた方、ご注意ください。その考えは黄色信号です。

 有事の対応計画という性質上、BCPは文書を作ったら終わり、というものではあ
りません。訓練による習熟度の向上や、内外の環境変化に合わせた計画の見直しな
ど、活動として定着させなければ、あっという間に形骸化してしまいます。「文書
が古くて使えない」ことではなく、「自分たちが有事に動けない」ことが問題なの
です。

 では、形骸化しないBCPを目指すためにはどのように策定を進めていけばよいの
か、その具体的な方法を、今回から3回に分けてご紹介していきます。

BCPは以下の5つのステップで策定することができます。
(1)BCP対象事業の選定と取組目的の明確化
(2)事業、業務の復旧目標の設定
(3)経営資源の洗い出しと事業継続対策の決定
(4)文書化
(5)訓練と改善
今回はステップ1、2についてご説明します。

3 そのBCPは「何のため」「誰のため」のものなのか
 BCP策定は、「有事において最優先すべき事業」を特定することから始まります。
それには、大きく二つの確認が必要となります。

 まずは、「トップの方針」です。有事にどの事業を優先的に再開させるか、とな
ると経営としての意思や方針は非常に重要であり、不可欠です。次に「ステークホ
ルダーのニーズ」です。企業には、サプライヤーや顧客、エンドユーザー、監督官
庁、銀行、グループ会社等々、様々なステークホルダーが存在します。企業はこう
したステークホルダーたちの期待に応えなければなりませんが、これは平時も有事
も同様です。そのため、「ステークホルダー分析」を実施し、改めて自社の周囲に
はどのようなステークホルダーがいて、各々どのようなニーズを持っているのかを
確認する必要があります。

 「トップの方針」と「ステークホルダーのニーズ」。この二つをおさえることで
BCP対象事業を特定するとともに、自社のBCPは何のためにあるのか、誰に応えるも
のなのか、という「取組目的」を明確にします。

4 事業再開の目標は「なるはや」にしない
 BCPの対象事業が特定されたら、次はこの事業が停止した状態から、「いつまで
に」「どの程度」再開させるかという「復旧目標」を設定します。

 「何らかの理由で事業が完全停止してしまった場合、いつまでに再開させたいで
すか?」という問いに、たいていの方は「できるだけ早く」と回答されます。心情
的にはとても理解できますが、このようなあいまいな時間軸では具体策につながり
ません。ここで重要なのは、「できるかどうか」よりもまず「どうすべきか」を重
視するということです。「どうすればできるか」はこの後のステップで考えましょ
う。

 そして、この復旧目標はエイヤで決めるのではありません。まず、客観的に見て
「これ以上は事業(業務)を停止させておけない」という時間軸、「最大許容停止時
間」を設定します。ここがデッドラインとなりますので、それを越えない範囲で、
経営方針とステークホルダーニーズに基づき、目標復旧時間(いつまでに)と目標復
旧レベル(どれだけ)を設定します。ここが決まれば、優先すべき業務プロセスとそ
れぞれの復旧目標は自ずと決まります。

5 おわりに
 今回は、BCP策定方法の全体像と、BCPの根幹となる対象事業の選定、取組目的の
明確化、復旧目標の設定等について解説しました。次回はBCPのメインテーマとも
いえる、事業継続のための対策検討についてお伝えしていきます。


         第4回「重要経営資源特定と対策の検討」

1. はじめに
 本シリーズも後半に入りました。前回はBCP対象事業、優先業務の選定と復旧目
標を決めましたが、次のステップでは、それをどのように達成するかを考えなけれ
ばなりません。そもそも事業が中断するのは、災害などによって各業務に必要なヒ
トやモノが通常通り機能しなくなるためです。端的に言うと、何らかの手段でそれ
らを機能させさえすれば、事業が継続できるわけです。
 そこで、今回は業務に紐づくヒト、モノに着目し、それらが受ける被害をどのよ
うに軽減させるか、被害を受けた場合にどのような対応を行うのかを考えていきま
す。

2. 結果事象にもとづく考え方
 事業中断をもたらす対象リスクは、自然災害だけでも地震、風水害、新興感染症
など様々な種類があります。自然災害以外にも、サプライヤの倒産、ITシステムの
ダウン等、事業を中断させるリスクは多種多様です。BCPを策定する際には、この
ように危機の原因別でリスクを考える原因事象ベースの考え方がとられることがあ
ります。しかしながら、あらゆる事象に対して細かい対応手順を決められれば理想
的ですが、想定外が当たり前となっている昨今、すべてのケースを想定することは
現実的ではありません。

 一方で、事象にかかわらず結果として被害を受けるのはヒト、モノといった「経
営資源」であることから、それらが機能しなくなる点に着目して対策を打つのが、
結果事象ベースの考え方です。経営資源さえ確保できれば一定の対応が取れるため、
事業継続計画ではこのような結果事象にもとづく考え方を推奨しています。

3. 経営資源を特定する
 まずは、前回特定した優先業務を動かすためにはどんな経営資源(人員、施設、
機器、IT(情報)、サプライヤなど)が必要なのかという観点で、現状を把握します。
例えば、機械加工業務で言えば、人員はリーダー1名、加工職人3名、施設は工場、
機器はマシニング3台、ITシステムは一括の受発注管理システム、サプライヤは外
注先のA社とB社といった経営資源が挙げられるでしょう。

 ここでのポイントは、その業務を通常体制で実施した場合に必要とされる資源を
洗い出すこと、そして役割毎にできるだけ詳細に洗い出すことです。人であれば、
機械のオペレーション管理をするリーダー、機械で作業するスタッフといった具合
です。

4.対策を検討する
 必要な経営資源の特定ができたら、それらが被害を受けて使えなくなった場合に、
どうやって優先業務を「復旧目標」に向けて再開させるのかを考えます。ここが事
業継続計画の中での最大の肝となります。対策の検討にあたっては、以下の手順で
考えるとよいでしょう。

1)経営資源が使えない場合の代替策は何か
2)代替策がない場合は、被害をできるだけ受けないようにするための事前策をどう
するか

 また、対策を考える上で留意すべきポイントは以下の2点です。

●できることをする
 理想論を語っても、実際にできない対策であればただの絵にかいた餅です。とに
かく今できることは何か、今災害が起こった場合に自社ならどのような代替策で対
応できるかを考えます。

●ボトルネックを洗い出す機会とする
 対策の検討において、すべての経営資源にすでに有効な対策があるとは限りませ
んし、それを完璧に決めることが目的でもありません。どこに課題があるのかボト
ルネックを見つけ出すことこそが、BCPの第一歩です。例えば、機械加工の技術を
持っている人員が1名しかおらず、その人が稼働できなければ業務が止まってしま
うといった場合、人員が大きなボトルネックであり、早急に対策を打つ必要が出て
きます。

 一方、対策をすでに打っている場合においても、それが有効かどうかを見返すき
っかけになります。例えば、サーバーを2つ用意し一つをバックアップサーバーと
しているが、至近距離に置いている場合、地震や水害で同時被災する可能性があり
ます。同時に使用できなくならないためにどうすればよいのか。一方を別拠点に移
動させる、データセンターと契約するといった選択肢があります。このように、見
直してみると意外と十分な対策になっていない場合も多いのです。

5.経営に活かす
 事業継続策を検討する際、ボトルネックとして出た課題を解決するためには、企
業にとっては大きな変革が必要になる場合もあります。資金が必要な場合は、会社
としてやるかやらないかの経営判断を必要とします。事業継続を考えることは、全
社的な健康診断を行うことで、経営上の課題を洗い出し、企業を強くすることにも
つながります。この点は最終回でじっくり解説します。

6.おわりに
 ここまでで一通りの対策が決まりましたが、この時点ではあくまで計画を作った
というだけであり、関係者全員がこの計画を理解し、動けるようにならなければ、
計画自体の意味がありません。次回は、この計画を実行性のあるものにしていくた
めの演習、PDCAサイクルを回すコツをお伝えします。


           第5回「効果的な演習の実施」

1.はじめに
 前回までで、BCP策定に必要なノウハウを一通りご紹介しました。策定するだけ
でかなりの労力を要したので、「ここでいったん休憩!」と出来立てのBCPを棚に
入れ、そのまま眠らせてしまう・・・という例はよくあります。マニュアルなの
だからあとは有事に見れば良い?それで大丈夫でしょうか。いざ本番でBCPが役に
立たなかったという話もこれまた多く聞きます。そうならないために必要なこと
は何だと思いますか?
 答えは、演習を実施しBCPを継続的に改善していくことです。一口に“演習”と
言ってもピンと来ないかもしれません。今回はBCP演習についての基本的な知識と、
効果的に演習を実施するためのポイントをお伝えします。

2.演習の形式と目的
 演習には情報連絡演習、防災演習、バックアップサイトへの移動演習など、実際
に行動を起こしたり、機器を操作したりする実働形式のものと、机上形式のものが
あります。机上演習は参加者が会議室などに集まり、シナリオを活用しながら災害
が発生していることを想定し、その際にどのような対応をとるのかを検討するとい
うものです。
 また、演習を実施する目的は大きく分けて3つあり、
ひとつ目は既存のBCPの実効性を検証すること、
ふたつ目は危機対応力を向上させること、
最後は演習を通して課題を抽出しBCPを改善すること
です。形式を決める前に、まず目的をはっきりさせることが重要です。そのうえで、
年に1回や半年に1回といった頻度で演習を継続すると、BCPを形骸化させず、自社に
とって最適なツールへとブラッシュアップさせることができます。

3.演習計画のポイント
 演習を計画する際には、以下の点を事前に決定してから詳細な設計に落とし込むの
が効果的です。

●演習の対象範囲
 BCPと一口にいっても、初動対応や対策本部活動、事業継続・復旧など対応事項は
フェーズによって様々です。また、全社なのか特定の部門なのかといった組織上の範
囲も重要です。どの範囲を重点的に演習するのかを決定しましょう。

●参加者
 演習は参加者によって実施事項が異なります。例えば、役員が対象の場合は全社的
な意思決定が主なテーマとなりますが、部門の担当者を対象とする場合は詳細な業務
手順の確認が中心となります。目的と対象範囲を踏まえ、参加者を決定しましょう。

●シナリオ
 訓練シナリオを策定する際には、想定リスクと被災シナリオの2つを決めましょう。
想定リスクの例としては、地震、風水害といった一般的なものから、最近では新興感
染症、企業不祥事などがあります。被災シナリオは想定リスク下において自社が被る
被害の程度で、例えば、首都直下地震の影響で、稼働可能人員が半数になる、特定の
拠点への立ち入りができなくなる、営業データへのアクセスができなくなるなど、で
きるだけ具体的かつ現実的に設定しましょう。演習参加者に「そういうこともありえ
るよな」と思ってもらえればしめたものです。

4.演習で最も重要なこと
 演習の中で一番重要なのは、シナリオのリアルさや進行の上手さではありません。
もちろんそれも大事ですが、実は、実施後の対応が最重要です。一連の演習が終わった
ら、参加者の意識が熱いうちに必ず「振り返り」をしましょう。目的にかかわらず、演
習を行うと必ず課題が見えてきます。それを放置しないこと。緊急度や難易度を考えて、
必ず「誰が」「いつまでに」「何を」「どうやって」対応するのかを決めましょう。コ
ストや時間がかかり、その場では決められないものでも、忘れずに記録しておくことが
重要です。

5.演習を1回で終わらせない
 重大な事故や災害が起きなければ、BCPは出番がありません。しかし、いざ出番となっ
た時に使えないのでは全く意味がありません。演習は、いわば疑似災害というべきもので
す。疑似であればやり直しもできますし、社員に浸透させる機会にもなります。演習は定
期的に実施してこそ、効果的な活動になります。そのためには、トップが積極的にBCP活
動に関わり、会社内でBCPを担当する部署やプロジェクトチームを設置して、形骸化させ
ないようにPDCAサイクルを回していくことが望ましい姿といえるでしょう。


                   第6回「BCPを形骸化させない工夫とは」

1 はじめに
 本連載ではこれまで、BCPの策定や演習のポイントをご紹介してきました。第1回
で企業のBCP策定がなかなか進まない現状を指摘し、その理由を考察しましたが、策
定してもなお、形骸化してしまうという問題が残ります。連載の最後に、BCPを形骸
化させないためのポイントをお伝えしていきたいと思います。

2 なぜ形骸化してしまうのか
 BCPが形骸化してしまいがちなのは、策定が進まない原因と同様、それが非日常に
対する対応計画であり、日々の業務の中で意識することがほとんどないためと言え
ます。「一度策定してしまえば、あとは有事を待つだけ」という意識になってしま
うことは、前回お伝えしました。

 せっかくのBCPがキャビネットの奥や社内イントラの隅で眠っているというケース
は実に多く耳にします。ある意味、これは当然のことです。いつ起きるかわからな
い大災害よりは日常業務が優先しますし、何といっても「マニュアル」はできてい
るのですから。

 しかし残念ながら、これでは有事への対応はままならないと言わざるを得ません。
大地震発生!いざBCPを見てみたら、「重要業務担当の代行者が異動していた!」
「バックアップ用の機器が動かなかった!」何よりも「今、何をすべきかがどこに
も書いていない!」という状況になるのです。ではどうすれば良いのでしょう。ヒ
ントは、前回もとりあげた「演習」にあります。

3 演習を最大限に活用
 演習は、平時に眠っているBCPを起こして、きちんと機能するかを確認できる唯一
のチャンスです。この絶好の機会を最大限に利用しましょう。振り返りをしっかり
行い、抽出された課題をもとに、対応計画を作ります(第5回参照)。これを年間の実
施事項として管理すれば、次回の演習までに少しずつですが確実に対応能力が上が
ります。

 実施事項の中にはもちろんBCPの改訂も含みますので、演習の度に最新化されるで
しょう。また、会社のイベントとしても、皆が「わが社にはBCPがある」と再認識で
きる効果があります。

4 形骸化させない工夫
 ただ、「演習といっても年1度程度だし、参加者も限られている。結局一部の人だ
けが頑張っても意味がないのでは?」という声もあります。その通り。「BCPは全社
的な取り組みである」と第1回でお伝えしたとおり、本来は全員が当事者意識をもっ
て参加することが理想的です。とはいえ、そう頻繁に演習を実施することは現実的
ではありませんし、BCP活動が本来の業務の妨げになってしまっては本末転倒です。

 そこで、日常の中にBCPの要素を少しずつ取り入れることをお勧めします。例えば、
ある企業は有事の際の行動指針や課題対応計画等を社内の目立つ箇所に掲示してい
ます。また、ある企業は定期的に家庭を含めた防災に関する簡単なアンケートを実
施して、社員の災害時対応力を確認しています。全社員にポケットサイズの緊急対
応用BCPを配付し、携行してもらうのも効果的です。

 ちょっとした工夫で「有事を日常化し、危機への感度を高める」ことができ、こ
れが形骸化を防ぐポイントになるのです。BCPは策定して終わり、ではなく継続的な
活動であると言っていいでしょう。

5 実効性のあるBCPを目指して
 「BCPの実効性に不安がある」という言葉をよく耳にします。災害時に本当に機能
するBCPとは何でしょうか。完璧なマニュアル?残念ながらマニュアル頼みでは、あ
らゆる事態への対処は難しいでしょう。有事の際には一人一人の対応力が問われま
す。その上で組織全体が同じ方向を向き、想定外の状況でも早く適切に意思決定し、
動けることが重要です。

 6回の連載で、実効性のあるBCPを実現するポイントはすべてお伝えしました。こ
こからは皆様の出番です。無理せず、身近なところから着手しませんか?皆様の取
り組みを後押ししてくれる公的制度もありますので、どんどん活用しましょう。

※中小企業庁の事業継続力強化計画認定制度(認定を受けた中小企業は、税制措置
や金融支援、補助金の加点などの支援策が受けられます)
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.htm#seido

※公益財団法人千葉県産業振興センターの事業継続支援(チャレンジ企業支援セン
ターでの相談・専門家派遣対応)
https://www.ccjc-net.or.jp/~support/service/haken/

※公益財団法人 千葉市産業振興財団 千葉市ビジネス支援センターの事業継続支援
(千葉市内の事業者限定になります)
https://www.chibashi-sangyo.or.jp/enterprise/kyoka-sosyutu/keiei/keizoku.html

6 おわりに
 今、コロナ禍という危機に直面して、世の中の様々な仕組みが変わろうとしてい
ます。しかし、事業を脅かすリスクはこれまでも存在しましたし、今後も無くなる
ことはないでしょう。あせることなく、自社にとって事業を継続することの意義に
立ち返って、正しい危機感を持つことが大切です。

 この連載が変化に対応する足掛かりとしての「BCPの見直し」を考えていただく契
機になれば、これに勝る喜びはありません。お読みいただき、ありがとうございま
した。

               ニュートン・コンサルティング株式会社


        
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