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千葉県産業情報ヘッドライン

「千葉県産業情報ヘッドライン」バックナンバー
【連載特集】


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            東日本大震災を忘れない!
          事例から学ぶBCP策定のノウハウ
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         第1回 BCP策定が功を奏したケース

 東日本大震災では、会社の重要拠点が被災するなどで事業を長期間にわたっ
て停止せざるを得ない事態が発生した。
 被災地域以外でも、取引先が事業を停止したことにより原材料などの調達が
滞って生産体制を維持できず、事業停止を余儀なくされた例は珍しくない。
 さらに長期間事業の回復が遅れ、他社にシェアを奪われるなどして廃業に
追い込まれた企業も珍しくない状況であった。

 そのような中、東日本大震災以前に弊社がBCP(事業継続計画)の策定
支援を行った企業で、津波による壊滅的な被害に見舞われながらも短期間で
事業の復旧を果たした企業がある。

 宮城県名取市で廃油の精製事業を行っている株式会社オイルプラントナトリ
社である。
 会社と工場は沿岸から約1キロのところに位置しているため、震災では工場
の1階部分が完全に浸水するほどの津波被害に見舞われた。

 ところが地震発生直後から従業員たちは、周辺にいた人びとが避難行動をとら
ない中、真っ先に「念のため、近くのスーパーマーケットに逃げよう」と全員
が避難行動をとった。
 従業員は慌てていたため、策定したBCPのマニュアル類は会社に置いたまま
であったが、とるべき行動は頭の中に入っていた。
 工場の重要な設備を安全に停止させ、漏電などの二次被害を防ぐためにブレー
カーなどを落し、同時にタンクローリーなどの運転手たちは車両を内陸に向けて
避難させた。
 社長や常務たちは「おい!遠心分離機は危ないから安全に停止させろ!」と
大声で叫んだというが、従業員たちは「もうすでに止めました!社長は早く逃
げてください。あとは私たちに任せて!」と逆に社長に逃げるよう促したという。

 オイルプラントナトリ社は、廃油の精製事業を行っているため、工場などか
ら廃油を抜き取る作業ができなくなると事業は完全に停止してしまう性質を持っ
ている。
 もしタンクローリーがすべて津波で流されてしまっていたら、事業継続は
果たせなかったということだ。

 では、なぜ従業員たちは社長や常務からの指示がなくても、マニュアルなど
を見なくても事業継続に必要な経営資源を守ることができたのか。

 平常時のうちに、現場従業員たちが復旧するための議論を数多く行いながら、
みずからの力でマニュアルをつくっていたからなのである。
 そして、被災後に経営陣たちが語っていたことなのだが、想定外の事態におい
ても「最も重要なことは何か」ということを方針として明確にしていたため、
その事態に対して従業員たちが必要な判断をすることができたということだ。

 もしBCPをつくることが目的で、形式的なマニュアルづくりだけを行ってい
たら、従業員たちの行動は違っていたと考えられる。
 さらに、現場を巻き込まずに管理部門だけでBCPをつくっていたら、現場
は何をどうすべきかがわからず、的確な行動をとれていたかどうかわからない。

 オイルプラントナトリ社から学びたいポイントは、マニュアルや方針を従業員
みずからが策定し、一人ひとりが主体的に動ける体制をつくることがいかに重要
なことかということだ。
 現場が「やらされ感」でBCPを策定しても機能しにくい。
 ましてやBCPという立派な書類は完成したが従業員には伝わっていないと
いうことでは話にならない。

 次回は、BCP未策定で現場が混乱したケースについて触れてみたい。







         第2回 BCP未策定で混乱したケース

 前回は、「BCP策定が功を奏したケース」と題して、東日本大震災で壊滅
的な被害を受けながらも短期間で事業の復旧を果たした企業の例を紹介した。
 今回は、BCPを策定していなかったために必要な行動を組織的にとること
ができず、現場が混乱してしまった事例を紹介したい。

 東北のある県で養鶏や畜産事業者向けに飼料を製造販売している中堅企業A社
である。
 東日本大震災の際、A社はさほど大きな被害を受けなかったという。
 それでも、3月11日当日は、周辺地域のインフラが停止し、電話などの通信が
つながらず、業務ができる状態ではなかった。ただ翌週には徐々に事業復旧の
見通しがついてきたという。

 そこで、従業員が職場に集まり、まずは事業復旧に向けてどういう活動から
始めようかと話し合いが行われたのだそうだ。
 そこで決まったことは、全従業員で得意先の牧場や養鶏場などを訪問し、自分
たちの力で家畜などの世話をしに行こうというものだった。
 被災して人手が足りず困っているだろうから、少しでも役に立てればという
気持ちで、東北や北関東を中心に手分けをして各地に出向いた。

 実際に牧場に行ってみると、人手が足りないだけでなく、燃料なども不足して
いたため、従業員たちが少しずつ援助するなどして牧場の復旧を手伝ったのだ
そうだ。

 数日が経過した頃、各牧場では家畜飼料の在庫が残り少なくなってきだして、
飼料の新規受注をいただくようになった。
 被災直後は牧場内の備蓄分を使っていたため、震災後初の受注は通常に比べて
多くの受注をいただくこととなった。

 各地からの受注が重なったため、大量の生産計画を立てる必要があったが、
A社の原材料在庫分では間に合わないことが判明した。

 そこで購買担当者は、得意先の牧場の手伝いをやめて原材料の発注業務に戻り、
新たな生産に向けての準備に入った。
 ところが、購買担当者が資料の原材料事業者に発注の問い合わせをしたところ、
飼料の元となる材料がまるっきり集まらないというのだ。
 飼料の原材料倉庫は東北の沿岸部に多く点在していて、津波の被害などで原材
料が使えなくなってしまったのだ。
 他の競合飼料メーカーは、震災後に日本海側や東海、関西地方の原材料倉庫
などに調達に走り、日本中から原料をかき集めて対応していたという。
 A社は完全に出遅れてしまった。
 全国を探してもどうしても集まらない原料があり、得意先である牧場への飼料
の供給は不可能となってしまった。

 結果的に牧場の備蓄分は枯渇し、家畜の餌が完全に底をついてしまった。
 牧場各地で手伝いを継続していた従業員たちは、目の前で徐々にやせ細って
いく家畜の世話をすることになってしまったという。
 当然、たくさんの牛や豚がやむなく死んでいった。
 A社従業員たちは無念でならなかったという。

 「私たちが被災後、真っ先にしなくてはならなかったのは、牧場に行って手
伝うことではなく、全国各地を飛び回って飼料の原材料をかき集めることだった」

 「BCPの発想があれば少なくとも初動が違っていたはずだ」

 「少しでもシミュレーションを行っておけば、こんなことにはならなかった」

と、従業員たちは口々に語った。
 もちろん、現在はA社でもBCPがつくられ、東日本大震災の教訓を活かし
て訓練や演習も行い、従業員の一人ひとりがとるべき行動を認識している。

 A社の従業員たちは「私たちのようなことにはならないよう、各企業では最
低限『事業継続を脅かす要因の洗い出し』を行う必要があると思う」と力説し
ている。






        第3回 BCPの実効性を高める最重要ポイント

 東日本大震災で長期間製造が停止してしまったものの1つに自動車がある。

 自動車製造ラインを長期間にわたって止めてしまった原因資材は、意外なこと
に「過酸化水素」であった。
 過酸化水素は、半導体製造の前工程として基板を洗浄する際に必要不可欠な
物質であった。
 この過酸化水素の国内シェア70%以上を生産するラインが震災によって長期間
停止してしまったため、半導体の基板が製造できない事態が発生してしまった。
 自動車にはいろいろなシステムが搭載されているため、半導体基板の製造が
止まるということは自動車の心臓部をつくることができなくなることを意味
していた。
 直接自動車には搭載されていない化学物質の供給がストップしたことによって、
自動車本体の製造ができなくなったのだ。

 たった1つの物質であっても、事業停止に致命的な影響を与える資材の調達
や資材を守る視点は事業継続において欠かせないということだ。

 この視点は、本稿第1回目に紹介したオイルプラントナトリ社の例で言えば、
タンクローリーということができる。
 オイルプラントナトリ社では、タンクローリーのドライバーが津波の被害を
免れたため、事業継続を早期に果たすことができた。

 一方で、本稿第2回で紹介したA社は、資材の調達よりも被災した得意先の
応援に全員が走ってしまったために、事業継続を遅らせてしまい、結果的に
得意先に多大な影響を与えてしまった。

 事前に十分に調査しておけば、被災時の行動が大きく変わるはずである。
 もちろん、自社の直接の事業プロセスにおいて重要な資材だけでなく、サプ
ライチェーン全体で事業停止に追い込まれる可能性のあるリスク因子も分析
しなければならない。
 製造協力先で資材が止まれば自社も止まってしまうからだ。

 この分析で重要な資源を見つけ出す基本ポイントは、

(1)独自開発品
(2)長期間のリードタイムを要する資材
(3)多数の製品で使用されている資材

の3つである。

 この3つの要素に該当する部品や材料は、想定したリスクに対して、どれく
らい調達に支障をきたすかを評価し、代替策を平常時から考えておく必要が
ある。
 過酸化水素のように副資材や燃料なども洗い出しておく必要がある。
 被災して動かなくなる設備などの復旧や改修に要する部品の中で調達が難しい
材料も、メンテナンス会社はあらかじめ把握しておかなくてはならない。

 さらに、被災時に実際にこうした必要資材の調達に向けて行動できるかどう
かも検証しておきたい。

 大規模災害の発生によってインフラや物流などが停止することを想定した
対策本部訓練を行うことにより、ある重要な資材の残在庫が限られている状況
を設定し、実際に担当者が早期に重要資材の特定と調達数量を見つけ出せるか、
さらに通常よりも調達が困難な状況の中で早急に入荷に向けた行動ができるか
どうかを確かめる必要がある。

 このことは自社が直接被災せず、遠方の取引先が被災して停止した場合には
リスクとなるため、直接自社が被災ない場合のことも想定しておく必要がある。

 また、重要な資材は多岐にわたるため、複数の担当者それぞれが同じ認識で
対応できるかどうかも大きなポイントとなる。

 たった1人の担当者が「うっかり忘れていた」ということでは事業復旧は遅
れてしまう。
 訓練によって日頃から自社の事業継続に影響を及ぼす重要な経営資源の認識
を持ち続けられるようにしたい。


      (一財)リスクマネジメント協会 理事
      (株)フォーサイツコンサルティング 代表取締役社長 浅野 睦


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