

株式会社storyI代表取締役 猪俣 恭子
第1回 「私には無理」を超える日(2026/7/30発行 第1072号 掲載)
第2回 「わからない」ことに正直になった先にあるもの(2026/8/13発行 第1074号 掲載)
第3回 人の健やかな成長、その陰に「モデル」あり(2026/8/27発行 第1076号 掲載)
第4回 「いい評判」を本人に伝える(2026/9/10発行 第1078号 掲載)
第5回 「あなたなら、できる」と信じてくれた人(2026/9/17発行 第1079号 掲載)
第6回 心の余白を取り戻す(2026/10/1発行 第1080号 掲載)
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
「女性管理職なんて、私には無理です」
企業研修やコーチングで、私はこの言葉を何度耳にしてきたことでしょう。
「責任のある仕事は荷が重い」
「人をまとめる自信がない」
「私より向いている人がいます」
そう話す方の表情には、どこか申し訳なさと諦めが入り混じっています。
でも私は、その言葉を聞くたびに思うのです。
本当に「無理」なのでしょうか。
それとも、「無理だ」と思い込んでいるだけなのでしょうか。
そう思うのには理由があります。
実は私自身、「一生できるようにはならない」と信じ込んでいたことがあるからです。
それは、車の運転でした。
学生時代に免許は取りましたが、運転は大の苦手。ガソリンスタンドに入るのも怖い。車線変更もできない。車庫入れなど考えただけで緊張してしまう。助手席に乗った父が、帰宅後に寝込んでしまったことさえありました。
それ以来、「私は運転ができない人」という思い込みを抱えたまま、十二年間ほとんどハンドルを握ることはありませんでした。
そんな私が再び運転することになったのは、義母の病院への送迎がきっかけでした。
「やるしかない」
そう腹をくくり、教習所の路上教習を申し込みました。
運転中、担当教官に聞かれました。
「どうして運転できるようになりたいの?」
私は事情を話し、学生時代に教官から言われた一言を打ち明けました。
「君の運転は危ない。大きな事故を起こすタイプだから気を付けるように」
その言葉が怖くて、それ以来ずっと運転を避けてきたことも。
教官は少し黙ってから、穏やかな口調でこう言いました。
「それはひどいことを言われたね。教官として、それは言ってはいけないことだ」その一言が、不思議なくらい深く心に届きました。
私は運転ができない人だったのではありません。
たった一人の言葉を、長い年月をかけて「事実」に変えてしまっていただけだったのです。
その瞬間、景色が変わりました。
緊張で浅くなっていた呼吸が深くなり、肩の力が抜ける。道路を走る車や歩行者、信号や標識が、それまでよりずっと鮮やかに見えてきました。
「今はまだ下手。でも、練習すればきっとできるようになる」
そう思えた日から、運転は少しずつ楽しくなりました。今では家族や友人から「運転うまいね」と驚かれるほどになりました。
私は、この出来事を思い出すたびに考えます。
私たちの可能性を閉ざしているのは、能力ではなく、「思い込み」なのかもしれない、と。
女性管理職も、リーダーも、きっと同じです。
「向いていない」
「自信がない」
「私には無理」
そう思っていることの中には、過去の経験や誰かの何気ない一言が、知らないうちに自分自身への評価になってしまっていることがあります。
もちろん、管理職になることだけが正解ではありません。
大切なのは、役職ではなく、自分らしく力を発揮できる場所を選び、自分らしく人と関わっていくことです。
だから、もし今、「私には無理」と思う出来事が目の前にあるなら、一度だけ自分に問いかけてみてください。
「それって、本当?」
その問いは、「できない私」を責めるためではありません。
まだ出会っていない自分の可能性に、静かに扉を開くための問いです。
「わたしらしさ」は、誰かと比べて見つけるものではなく、自分で決めつけていた限界を、少しだけ超えた先で出会うものなのかもしれません。
だから、どうぞ、はじめから完璧を求めないでください。
ささやかな一歩から。
あきらめず。
慌てず。
焦らずに。
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
「女性管理職なんて、私には無理です」
そう話す方に理由をたずねると、「経験がないのでわからない」「何を判断基準にすればいいのかわからない」「やり方が変わっていてわからない」と、「わからない」ことへの不安を口にされる方が少なくありません。
でも私は、「わからない」と感じること自体は、決して悪いことではないと思っています。
銀行に勤めていた頃のことです。
異動してきたばかりの上司がいました。穏やかな人柄で、私たちも「一緒に働きやすそうな方だな」と感じていました。
ところが、仕事を一緒にするうちに、「あれ?」と思うことが少しずつ増えてきたのです。私たちは、新しい職場に早く慣れていただけるよう、仕事の流れや注意点を丁寧に説明していました。それなのに、あとになって「えっ、そこが伝わっていなかったの?」と思うようなミスが何度も起こるのです。
そのたびに仕事はやり直しとなり、私たちの負担も増えていきました。
やがて職場では、こんな声が聞こえるようになります。
「わからないなら、そう言ってくれればいいのに」
「どうして、わかったふりをするんだろう」
いつしか私たちは、その上司との間に少しずつ距離を置くようになっていました。
今振り返ると、私たちが困っていたのは、その上司が「知らなかったこと」ではありませんでした。
「わからない」と一言、言ってもらえなかったことだったのです。
新しい職場、新しい役割、新しい立場。
そんな環境では、わからないことがあって当然です。
立場が変われば、なおさらです。
部下や相手より経験の浅い仕事もあるでしょう。初めて判断を任される場面もあります。
それなのに、「管理職なのだから知っていなければならない」「聞いたら評価が下がる」と思ってしまうと、人は「わかったふり」を選んでしまいます。
けれど、本当に信頼される人は、何でも知っている人ではありません。
わからないことを素直に認め、「教えてください」と言える人です。
そして、教えてもらったら、「ありがとう」と伝えられる人です。
私は、人は、正解をたくさん持っているから信頼されるのではなく、人とともに学び続けようとする姿勢によって信頼されるのだと思っています。
完璧な自分を演じるより、今の自分に正直でいること。
私は、その姿勢が、人からの信頼を少しずつ育てていくのだと思っています。
「わからない」は、未熟さではありません。
新しいことを学び始めている証です。
だから、わからないことを素直に認め、「教えてください」と言える人は、強い人なのだと思います。
そして、教えてもらえたら、『ありがとう』の一言も忘れずに。その一言が、相手との信頼をさらに深めてくれます。
さらに、「わかりません」と言えた瞬間から、一人で抱えていた仕事は、「一緒に考える仕事」へと変わります。
人は、頼られると嬉しいものです。
教えることで、自分もこの職場の役に立てていると感じられます。
だから、「わからない」は、人との距離を縮める言葉でもあるのです。
もし今、新しい役割や仕事の中で戸惑っていることがあるなら、無理に答えを探そうとしなくても大丈夫です。
まずは、勇気を出して一言。
「教えていただけますか」
その言葉から始まる信頼があります。
「わからない」と言えることは、自分の弱さを見せることではありません。
飾らない自分で、人と向き合うことです。
私は、それが、「わたしらしさ」の始まりなのだと思っています。
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
私は小学生の頃、ピアノを習っていました。
やりたくて始めたわけではなかったので、練習にはまったく身が入りません。先生から何度叱られても変わらず、年下の生徒にもどんどん抜かれ、いつしか教室でいちばん出来の悪い生徒になっていました。
ところが、小学5年生のとき、そんな私を大きく変える出来事がありました。
教室でいちばん上手な生徒が、偶然、私と同じ曲を弾いたのです。
耳を疑いました。
同じ曲なのに、こんなにも違うのか。
こんなに美しい曲だったのか。
音色って、こんなふうに出せるんだ。
「ああ、私もこんなふうに弾いてみたい」
切実にそう思いました。
帰宅すると、すぐにピアノに向かいました。彼女が弾く姿や音を頭の中に描きながら、何度も何度も練習しました。
一週間後、私の演奏を聴いた先生が言いました。
「どうしたの? とってもいいわね。何かあったの?」
今でも忘れられない言葉です。
それからピアノを弾くことが楽しくなり、腕前もメキメキと上達しました。
「モデリング」という言葉があります。
「こんなふうになりたい」と思える人の行動を見て、真似たり取り入れたりしながら、新しい行動を身につけていくことです。
小学5年生の私にとって、あの生徒がまさに「モデル」でした。
人は、「こうしなさい」と何度言われるよりも、「あんなふうになりたい」と心が動いたとき、自ら変わり始めることがあります。
銀行員時代にも、そんな場面に出会いました。
後輩のAさんは、のんびりしていて、ミスを指摘しても「はぁい」と気のない返事。「自分で考えて仕事を進める」というより、「言われたらやる」タイプでした。
もっと向上心を持ってほしい。そう伝えても、まるで暖簾に腕押し。
ところが、ある日を境にAさんはガラッと変わりました。
きっかけは、私と先輩が講師を務めた3日間の研修に、Aさんが参加したことでした。
研修終了後、Aさんは興奮した様子で、「研修に参加させていただいて、ありがとうございました!」と深々と頭を下げました。
そして翌朝。
Aさんの仕事ぶりは、明らかにそれまでとは違っていました。
それまで「指示されたら動く」ことの多かったAさんが、自分から仕事の段取りを考え、周囲を見ながら動いているのです。
書類を仕上げる様子にも、報告するときの話し方にも、「もっといい仕事をしたい」という意欲が感じられました。
後日、二人きりになったとき、Aさんが話してくれました。
「研修で、お二人がとてもかっこいいと思いました。同期からも『素敵な先輩と一緒に仕事ができて、いいな』と言われて。私、このままではいけないって、心の底から思ったんです。私も二人のような女性になりたいです」
あれほど私が言葉を尽くしても変わらなかったAさんが、「こうなりたい」という姿に出会ったことで、自ら変わり始めたのです。
一年後、Aさんは後輩たちが憧れる先輩になっていました。
あなたにも、「あんなふうになりたい」と思える人がいるでしょうか。
そして、あなたの部下や後輩には、そんな人がいるでしょうか。
モデルは一人でなくてもいいのです。
「話し方はAさん」「後輩育成はBさん」「仕事の段取りはCさん」。身近な人でも、本や映画の登場人物でも構いません。
そして、もう一つ。
あなた自身も、知らないうちに誰かの「モデル」になっているかもしれません。
完璧である必要はありません。
あなたが悩みながらも仕事に向き合う姿。誰かを大切にする姿。自分なりのやり方で一歩ずつ前に進む姿。
そんな「わたしらしく働く姿」を、誰かが見ています。
人の成長は、教えることだけから始まるのではありません。
「あんなふうになりたい」
そう誰かの心を動かすあなたの姿もまた、人を育てる力になるのです。
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
デール・カーネギーの『人を動かす』は、自己啓発書の原点ともいわれる本です。
書かれたのは1930年代ですが、今読んでも「なるほど」と思うことばかり。
その中で繰り返し語られているのが、人は「自分が重要な存在である」と感じたい、ということです。
正しいことを言われたから、人が動くとは限りません。
むしろ、「自分のことをわかってもらえた」「自分の存在を認めてもらえた」と感じたとき、人は自ら動き始めることがあります。
そのことを実感した出来事があります。
以前、印刷会社で後継者として働いていた頃、Aさんという60歳近いベテラン営業社員がいました。
仕事は手早いのですが、業界を取り巻く環境の変化に、知識やスキルが追いついていない様子が見てとれました。
だから私は、Aさんに言いたいことが山ほどありました。
「お客さまから声がかかるのを待たずに、こちらから提案しましょうよ」
「印刷物だけでなく、制作のニーズも聞いてきてください」
「他社に仕事を取られていないか、確認してもらえませんか」
ところがAさんは、「はいはいはい」と馬耳東風。
私をうるさがっているのが、ありありと伝わってきます。
そんなある日、重要な取引先の仕事を失いました。
お客さまからの問い合わせに、Aさんが「うちでは、ちょっとできません」と答えてしまったことが原因でした。
頭に血が上りました。
「このままでは、どんどんお客さまを失ってしまう」
「どうして社長はAさんに営業を任せているんだろう。いっそ私がやったほうがいいのではないか」
寝ても覚めてもAさんのことばかり。
ところが、ふと思ったのです。
Aさんは、本当に何もできていないのだろうか。
そんなことはありません。
厳しい納期でも、遠方まで嫌な顔ひとつせず納品してくれる。Aさんをわざわざ指名するお客さまもいます。
そういえば先日、T社の担当者が言っていました。
「Aさんには本当にお世話になっています。よろしくお伝えください」
もしかして私は、Aさんのすべてを「だめだ」と決めつけていたのではないか。
翌朝、職場にAさんと二人きりになる時間がありました。
「Aさん」
声をかけても、こちらを見ません。また説教されると思ったのでしょう。
私は伝えました。
「T社の方が、『Aさんは急な相談でもすぐ対応してくれるので、本当に助かっています。ありがたいです』っておっしゃっていましたよ」
Aさんが初めて顔を上げました。
「あっ、そうですか」
そっけない返事でした。でも、その目は少し得意げに見えました。
数日後、驚くことが起きました。
Aさんが自分から私に声をかけてきたのです。
「T社さんが新しい企画を出したいそうです。今回はアイデア出しからお願いしたいって。こういうのは猪俣さんのほうが慣れているんじゃない? お客さんに連絡してくれないかな」
Aさんから仕事の相談をされたのは、初めてでした。
しかも、20年近く担当してきた大切なお客さまです。
それをきっかけに、Aさんは少しずつ仕事を私に引き継ぎ、営業の大先輩として、私の相談にも乗ってくれるようになりました。
あんなに犬猿の仲だったのに。
何が変わったのでしょう。
私は、Aさんが「自分もこの会社にとって価値のある存在なんだ」と感じられたことが大きかったのではないかと思っています。
もしかするとAさん自身も、自分の営業スタイルが時代に合わなくなっていることに気づいていたのかもしれません。
それでも、「自分なりにやってきたことも、ちゃんと見てほしい」。
そんな思いがあったのではないでしょうか。
人は、自分の価値を認められると、守り続けていたものを少し手放せることがあります。そして、自分の持っているものを、誰かのために使おうと思えることがあります。
相手を変えようと正論を重ねる前に、少しだけ立ち止まってみませんか。
その人は、何を大切にして仕事をしてきたのでしょう。
何を認めてもらえたら、「自分もここにいていい」と思えるのでしょう。
そして、誰かからその人の「いい評判」を聞いたなら、ぜひ本人に届けてください。
「あなたのこんなところを、あの人がとてもありがたいと言っていましたよ」
その一言が、その人自身の価値を思い出すきっかけになるかもしれません。
「わたしらしさ」は、自分一人で見つけるものではなく、誰かが見つけてくれた自分のよさから、気づくこともあるのです。
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
コーチングを本格的に学ぼうと、あるコーチングスクールを訪れたときのことです。
担当のAさんは、落ち着いた雰囲気で、一緒にいると安心感が広がるような人でした。
説明を聞きながら興味をもったのが、プログラムの進行を担う「クラスコーチ」という存在です。
「いつか、私もやってみたい」そう思いました。
しかし、その直後には、「そんなこと、私にはできない」と、あっさり自分で打ち消していました。
Aさんとは同い歳だとわかり、話も弾みました。それにしても、Aさんの活き活きしていること。同じ歳なのに、仕事に感じている充実感がこんなにも違うのかと、少し切なくなったことを覚えています。
帰り際、エレベーターの前で二人並んでいたときです。
Aさんが唐突に言いました。
「猪俣さん、リクエストがあります」
「なんでしょうか?」
「クラスコーチを目指してください」
あまりの単刀直入さに、あっけにとられました。嬉しい。でも、私なんかにできるわけがない。
「いえいえ、とんでもないです。絶対に無理です」
笑いながら答えました。本当はやってみたい。でも「はい、やります」なんて、身の程知らずな気がして言えなかったのです。これで会話は終わると思いました。
ところが、Aさんは私をまっすぐ見て、こう尋ねました。
「本当にそう思いますか?」
ずしん、ときました。
それまでのにこやかな表情はありません。そのまなざしから、「この問いには、本気で答えてほしい」という思いが伝わってきました。
「いいえ、思っていません」
そう言った自分に、驚きました。
「では、クラスコーチを目指してくださいね」
「はい」
その「はい」を口にした瞬間、不思議なくらい視界がぱっと開けました。
「こうなったらいいな」という憧れが、「目指す」という意思に変わった瞬間でした。
それから2年後、私はクラスコーチの登用試験に合格しました。
すぐにAさんへ電話しました。驚いたことに、Aさんはあの日の会話を覚えていて、とても喜んでくれました。
「本当にそう思いますか?」
これは、答えが「はい」か「いいえ」の二択になる、究極のクローズド・クエスチョンです。
でも、私を動かしたのは質問の技法ではありませんでした。
「あなたなら、できる」
言葉にはしていないけれど、Aさんからそう信じてもらっていることが伝わったから、私は自分でつくっていた「私には無理」という限界を、一瞬だけ疑うことができたのです。
人はときに、自分の可能性を自分より先に信じてくれる人によって、もう一歩先へ進めることがあります。
部下や後輩が、
「私がプロジェクトリーダーなんて無理です」
「新入社員の指導なんて、私にはできません」
と言ったとき、すぐに「そんなことないよ」と説得する必要はありません。
「本当にそう思っていますか?」
そう尋ねてみてください。
「いいえ」と答えるかもしれません。
「はい」と答えるかもしれません。
「はい」なら、「何が難しいと思う?」「どんなサポートがあればできそう?」と聴いてみる。
大切なのは、「やらせる」ことではありません。
相手自身が、自分の中にある「やってみたい」と「でも怖い」の両方に出会い、自分で選べるようになることです。
そして、ときには勇気をもって、大きなリクエストをしてみてください。
「あなたに、これを任せたい」
「あなたなら、ここまでできると思っている」
大きなリクエストは、「こうしてほしい」という自分の期待だけではできません。
「この人なら、きっとできる」。相手のまだ見えていない可能性まで信じているからこそ、できるものです。
あの日の私には、まだ見えていなかった私がいました。
でも、Aさんには、少し見えていたのかもしれません。
人は、自分一人では見つけられない「わたしらしさ」に、誰かの期待を通して出会うこともあるのです。
こんにちは。storyIの猪俣恭子です。
部下や後輩の話を聴き、成長を支え、ときには一緒に悩む。
人に向き合うことには、思っている以上にエネルギーが必要です。
だからこそ、部下のことを考える前に、ときどき自分に尋ねてほしいことがあります。
「今の私に、人のことを考えられるだけの心の余裕はあるだろうか」
仕事は「選択し、決める」ことの連続です。
立場が上がれば、判断することも、人に気を配ることも増えていきます。
ところが心に余裕がなくなると、視野はだんだん狭くなります。
「本当にできるだろうか」
「結果を出せるだろうか」
「私には、この仕事は向いていないのではないか」
自信をなくしたり、自分にがっかりしたり、しんどくなったり。
そんなとき、私たちは自分に言い聞かせます。
「落ち込んでばかりいられない。頑張ろう」
「元気を出そう」
「前向きに考えよう」
でも、疲れている「心」で「心」をなんとかしようとしても、なかなかうまくいかないことがあります。
そんなときは、「身体」から変えてみるのも一つです。
脳研究者の池谷裕二氏は、著書『進化しすぎた脳』などで、私たちの「心」や「意識」が、脳による解釈と深く関わっていることを紹介しています。
私たちは、「楽しいから笑う」と考えがちです。
でも反対に、表情や姿勢、声など身体の状態を変えることで、気分が変わることもあります。
そう考えると、職場にも思い当たる場面があります。
忙しいときに、電話が鳴る。
「ああ、今なの?」
一瞬そう思っても、電話に出るときには背筋を伸ばし、少し口角を上げて、
「はい、お電話ありがとうございます」
と明るい声を出す。
ほんの数秒前までの気持ちが、少し切り替わっていることがあります。
心が疲れていると感じたら、心を説得する前に、身体を動かしてみませんか。
顔を上げる。
背筋を伸ばす。
深呼吸する。
大きく伸びをする。
少し歩く。
いつもより明るい声で話してみる。
ほんの少し身体を変えるだけでも、凝り固まっていた気持ちに隙間が生まれることがあります。
その「隙間」が大切なのだと思います。
余裕が生まれると、目の前の出来事を少し離れたところから見られるようになります。
「絶対に無理」と思っていたことにも、「ほかのやり方はないかな」と考えられる。
部下の言葉にも、「どうしてわからないの?」ではなく、「この人は何を伝えようとしているのだろう」と耳を傾けられる。
自分にも、他人にも、少しやさしくなれる。
この連載では、「私には無理」という思い込み、「わからない」と言う勇気、誰かをモデルにすること、相手のよさを伝えること、そして、誰かの可能性を信じることについて書いてきました。
でも、そうやって誰かに向き合うためにも、まず自分自身に余白が必要なのだと思います。
忙しい毎日だからこそ、一日5分でも構いません。
「今の私は、どんな状態だろう」
そう自分に目を向けて、整える時間をつくってください。
「わたしらしさ」は、いつも元気で、前向きで、完璧であることではありません。
疲れた自分にも気づき、立ち止まり、また自分の力を使えるところへ戻ってくること。
人のために力を使うあなただからこそ、自分のためにも余白を。
あなた自身が、健やかに働き続けるために。
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